結局はみんな、「自分らしく」生きたいんだ。
他の誰が生きても同じ人生なんて、そもそもあるはずがない。
でも、大事なのは、日々の実感だ。
僕自身が、僕の人生を生きていると感じられること。
僕を知ってる人たちが、僕らしく人生を生きていると感じること。
問題は、入口なのか、出口なのか、ということなんだと思う。
それがわからなかった十代の頃、僕の未来はぼんやりしていた。
僕自身の姿もぼんやりしていて、それはやっぱり、不安なんだ。
つまりは、こういうことだ。
僕たちは、最初から「自分らしく」生きていくべきなのか? 
自分という存在を理解して、それをうまく表現しないといけないのか? 
そうでなければ、社会に出ることなんてできないのか?
それとも、とにかくまずは生きてみて、その日々の積み重ねから、
やっと自分という人間が見えてくるのか?
入口に立つまでに、「自分らしさ」を探し続けていた頃、
僕はまったく「自分らしく」なかった。
それで、ある時、飛び込むことにしたんだ。――ニューヨークという街に。
新しい世界には、色んな人たちがいた。ニューヨーカーと聞いて、
僕の思い描いていた通りの人もいれば、まったくそうじゃない人もいる。
僕は、うまくやっていきたかった。楽しく過ごしたかったし、
これまでの自分の反復は退屈だった。一つのことに一緒に取り組んで、
夢中で、新しい、何か良いものを生み出そうと努力した。
出来るだけ多くのことを吸収し、アイディアを出し、話し合って考えを練り直した。
そうして、僕は、日々変わり続けている。
けれども、その軌跡そのものに、「自分らしさ」を感じる。
僕は豊富に雑多だ。変化は胸躍る刺激だ。
気がつけば、社会の入口に立っていた僕からは、もう随分と遠ざかっている。
けれども、今はそれを懐かしがるより、遠い出口に立つ自分を夢見る時だ。
平野啓一郎(小説家)
1975年愛知県蒲郡市生。北九州市出身。京都大学法学部卒。
1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。
著書は小説、 『葬送』『滴り落ちる時計たちの波紋』
『決壊』(芸術選奨文部科学大臣新人賞受 賞)『ドーン』(ドゥマゴ文学賞受賞)
『かたちだけの愛』『空白を満たしなさい』、 『透明な迷宮』、
エッセイ・対談集に『私とは何か 「個人」から「分人」へ』
『「生命力」の行方~変わりゆく世界と分人主義』等がある。 2014年、
フランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章。最新長編小説『マチネの終わりに』刊行
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